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2020年5月 2日 (土)

The Entertainer

 5月に入ってしまいました。どうやら緊急事態宣言は解除されなさそうで、オーケストラの公演は5月中も無し。どこまで伸びるかな~と伸ばし続けていた髭も、不潔感が増してきたので(笑)皐月を区切りにカット!しかしレッスンも高校はなく、大学はどうなることやら。

もう「自宅待機」にも慣れたもので?気付けば丸2ヶ月、そういう意味では3ヶ月目に突入することには特に変化はないけど、油断大敵・・・人と接しなくとも、身体と頭が鈍らないように!最近は夜にウォーキングもしています。

Dsc_0357  数日前、ようやく届いた本がこちら。本当は、あの人が主演で映画化が決まっていた原作。本の内容は、別でまた語りたいくらい、良かった!!

 

 僕は、幼少期から、気がつけば人を笑わせることが好きで、小学校高学年から人前でコントもやっていたし(その頃は嘉門達夫が全盛期)、高校では先輩と漫才もやったなあ。最近は、そこまで手が回って?ないけど(最後にやったのは2013年、先輩と職場の送別会で・・)

 それが興じてか、こんなこと位はやらないと気が済まない?性格になってしまったのですが、間違いなく、原体験の1つは彼のテレビだった。

 

 忘れもしない、小学2年生の時。当時、クラスでは、ウッチャンナンチャンが人気で、土曜の夜にやっていたテレビが、月曜日になると話題であった。

「ねえねえ、土曜の『やるならやらねば』見た?あのキャラの○○がさー・・」と話題を振られるも、こちらは「何、それ?」

何故なら、ウチは裏番組の「カトちゃんケンちゃん『ごきげんテレビ』」派だったから!

親父がゲーム好きだったこともあり、家にはマイナーなゲーム機PCエンジンがあり、その中でもやりこんでいたのが、こちら。アホくさいんだけどね、面白かったなー、そして意外と難しい。

 

 その後も「だいじょぶだあ」はずーっと見てたし(追悼番組では、マーシーのせいで、面白いコントは放送されなかったんだろうなあ)、たまにやるドリフもほぼ毎回見て(高木ブーは、あんなに生卵飲んで、早死にするんだろうなあ・・とずっと思ってたけど・・御年87歳・・)バカ殿は勿論のこと。

 成人してからも、深夜枠で、たまにテレビをつけてやってると、「昔と変わらないことやってるなあ・・」と思わず見ちゃったり。印象深かったのは、10年くらい前の正月のお笑いドリームマッチ。確か、さまぁーずの三村とコンビで、持ちネタをやったんだけど、流石のコントで優勝してました。Blogでは、1日に何本も観た映画の感想を書いてたり(だから今回、主演予定の映画だったのか、と・・)

 

 Dsc_0332 勿論、 この本が出た時も、すぐに買ったし、2も実家のどこかに転がってるはず。素顔は静かな人なんだなあ、ということは、色々読んで知ってましたが、


 実は、握手をしてもらったことがあるんです。

 のだめ関係でお台場で収録があった際、かなりの待ち時間で、局内でトイレに向かった時、こちらは用を済まして出てきたら、数m先から、マネージャーと一緒に歩いてくる姿が・・・

 すれ違ってから、目で追うと、マネージャーと別れて一人で先ほどのトイレへ・・

迷いつつも、僕もそしらぬ顔をしてもう一度、トイレへ。用もないのに用を足したふりをしていると、向こうは先に用を済まして、外へ。しかし、その時!

 

けんさん、手を洗っていなかったのよね・・・

 

 その事実を知りつつも、「でも、こんな機会もう無いかも・・」という気持ちが勝って、急いで後を追って出て、「『カトちゃんケンちゃん』の頃から見てました!」とか、「本も2まで持ってます!」とか色々言いたいことは全く言えずに、「スミマセン、昔からファンだったので、握手してもらえませんか?」とだけ言ったところ、

 

「・・・ハイ。」

と、本当に小さい声で言われて手を出してくれました。

 こうやって、今、振り返ってると、「もしかして、ずっと手を洗うクセが(最近も)無かったのかな」とかも考えてしまうけど。

 今年は聖火ランナーや、主演映画もあったなんて、悲しい限り。ご冥福をお祈りしつつ、同じ名前を持つものとして?(ドリフターズ入る前の芸名は、志村健で、中国語圏では今もこの表記だとか)受け継いでいきます。今月も根を太くする月間かあああ。

 

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