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2017年10月22日 (日)

全国大会

※以下、特定の団体についての記載はありませんので、ご理解ください。

 

今年の、とある夏の日、(珍しく?)凹んでいた。職場の10月のスケジュールが出て、少し前まで、別のリハが入っていた週に、オペラのリハーサルが追加で入り込んでおり(指揮者の要望で増やされたとのこと、まあ仕方ない)そのオペラのリハさえ無ければ、1週間前後、ウィーン→アムステルダム辺りに行こうと思っていた(習っていたRCOの先生の定年引退公演が土曜日にあった為、出来れば向かいたかった)のに・・・

 

そんな気分の中、知らない「03-××・・」の番号から着信アリ(古っ)

奇妙に思いながら電話に出ると、「私、全日本吹奏楽連盟の・・・」と話をされるところから、今日の日は始まっていたのである。。

 

Nec_2642_2名古屋で(中学・高校の部の)吹奏楽の全国大会が定期的に開かれるようになって、6回目とのこと。それまでは、吹奏楽経験者にとっては聖地、「普門館」で行われていた。僕も、何を隠そう高2の秋、夜行列車に乗って、高校の仲間たちと、初めて「吹奏楽の甲子園」へと向かった。

・・旅に慣れてない未熟者は、何を隠そう(2回目)途中で睡魔に襲われて、ほとんどの記憶が定かではない。が、その中でもA知県のA城学園高校の自由曲「青銅の騎士」が素晴らしかったのは、微かに覚えている。結果、次の年の自由曲にその曲を演奏しました(僕らは県大会止まりでしたがね・・)そんな大会に携わる日が来るとは・・要するに全国大会を聴くのは、今回が人生2度目。

 

Nec_2639恐らく、この週末(明日が、高校の部)この駅(と、西高蔵駅)が、1年で1番賑やかと思われます(^^;)

 

支部大会までは3人~7人ほどの審査員が、全国では9名!初めましての方もいましたが、僕の隣は、大学で1つ上だった貝沼さん、その向こうには神奈川フィル時代からお世話になった(今は芸大非常勤講師の)大橋さんと、懐かしい方々も。

本部から諸注意があり(昨今のSNSの事情も踏まえて、冒頭※のような記載はお控えくださいとのことでした)朝9時から、午前の部、開始!1度の休憩のみで15団体!午後は、お客さんも総入れ替えで、もう1度、15団体!終わったのが、18時半!審査方法はプログラムにも記載があり、シンプル。決選投票も、ありません。

 

中学生なので、課題曲は4曲のみ。全国各地から、度重なるコンクールを進んできた精鋭校のⅠ~Ⅳを聴く事ができ、更に、今年は、高校の部の県大会も(同じホールで)審査していた環境から、色んなことを考えつつ聴くことが出来ました。以下、備忘録。

 

 今年もまた(去年の県大会でも感じたけど)本当に中学生??と思うような演奏に出逢う瞬間が何度もありました。自らチケットをgetして、来場していた(本当に吹奏楽好きなんだなあ)名フィルKS二先輩も驚嘆していました。それは単に技術的な話だけではなく、音の出始める時、要するにその前の準備からの音楽の流れが、熟練しているというか、あまりにも「自然」というか。一朝一夕では成し得ない努力があるのだろうと思います。結果として金賞~銅賞がついていますが、これまでの弛まぬ努力こそが、明日への糧になりますよう・・こんなことばかりコメントしてきてしまった。。涙腺も緩んでね・・歳とったなー

 

 

 「自然」といえば、こんなことがありました。ある学校は、音楽の流れを感じるためでしょうか、いわゆる身体の「揺れ具合」も各パート、またはセクションまで、きっちり揃って、演奏していました。

その演奏を聴いて(視覚的な要素を考慮せず)僕は、特に「不自然な」流れを感じた訳ではありません。

が、とある学校は、そういう「揺れ具合」は、パートなどで一切揃っていませんでした。しかし、指揮の先生の所作に呼応している如く、各々が流れを感じて演奏していました。

 

 両方、聴いたときに初めて、「自然」ということがどういうことか、肌で感じられた気がしました。別に、先の団体が、良くなかったということではありませんでした。そうする試みによって、得られたものがあったから、行っているのでしょう。が、僕の感覚で「自然」に感じたのは、後者でした。

 

 

 あとは、打楽器的な見地から。「自然」繋がりでいくと、打楽器の余韻の減衰について。特に金属打楽器。

銅鑼、シンバル!もしかしたら少しトライアングルも?ですが、かなりの「個体差(使用年数、そして、ここだけの話、メーカー差)」があります。恐らく、皆さん、余韻(響き)の短さには、敏感に反応します(もうシンバルの余韻が短くなってきた、金属疲労でそろそろ買い替え時かな?等)が、「長過ぎる」ことに対しては無頓着なことが多いように感じます。

「>」という記号のように、いつでも「自然」に聴こえる減衰を、楽器のみに求めることは、難しいです。音を出した後に、銅鑼だったら、逆の手で、騙し騙し楽器を触って止めたり、シンバルだったら、鳴らした後に、服の裾を上手く利用したり・・・

 

勿論、インパクトの瞬間に、余韻まで考えた「当て方」というのが一番大事ですが。その箇所に相応しい、余韻の減衰まで、コントロールしたい。管楽器の人が、音の切り口(切り方)を考えているように。

 

それと!未だに、マーチでの「大太鼓」と「シンバル」についての音量バランスや、間合いなど「いい関係性」を感じられていない学校が、そこそこな数ありました(流石に、大太鼓と、シンバルが、離れ離れの場所でやっている、という学校はゼロでした、それだけでも凄い、のか・・)お互い、横ばかりを窺う必要はないのですが、

「♪ I have a  'ドーーン(B.D'

I have a 'シャーーン(Cym'

・・・

ン゛ッ

「ジャーーン♪」

に、ならないかなー(無論、自身が中学生だった頃はそんな感覚は皆無でしたが)自由曲の場面等には上手く出来ているにも関わらず。ドラムセットの演奏の機会は減ってる?ドラムに慣れ親しんでいれば、フットドラム(B.D)と、クラッシュシンバルを同時に鳴らした時の、あの「絶妙なバランス」が判り易いと、個人的には思っていますがetc..もう少しありますが、専門誌から依頼が来ましたので(^^;)残りはそちらに。

Nec_2641今年は、例年以上にこのスコアを拝見する年になりました。

明日は台風が迫る中、高校の部が、来週には遠く岡山で、大学生以上の部が。1年の集大成の熱演を期待して。

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