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2011年9月 5日 (月)

コンクール雑感

 今年の夏はなかなか充実した夏でした。コンクールの審査する側、される側、両方経験することに。

 まずは「する側」とある県の吹奏楽コンクールの審査員で声をかけて頂いて、中学生、高校生の演奏を一日中聴きました。これまでアンサンブルコンテストの審査員はしたことがありましたが、50人編成のバンド審査員は初めて。こちらは一番年少者。打楽器科の先輩(今は作曲家)ともお会いできて、実りある2日間。

 県大会だったので、次の大会に進む団体を選ぶわけですが、審査していて感じたのは、安定感のある演奏は大事だなあということ。どの学校が上手いかというような事前の情報を知らず&調べずにいきましたが、抜けていった学校が持っていたのは安定感だったと思います。全員暗譜で(課題曲も自由曲も)、譜面台が無い学校も!初めて見ました(^^;)

 僕がどうしても違和感を覚えてしまったのは、「譜面に書かれていない表現をする」演奏。一番多いのは、cresc.の前にsubito pにしてから始めること。何故?作曲者も、そうして欲しかったら、そう楽譜に書くはずでしょう。あとは、必要以上に(僕の価値観ですが)表現しようとする演奏。コラールの中に<>がいっぱいあったり。何か、真っ向勝負出来ないから「ごまかしてる」感じがしちゃうんですよね。残念・・勉強になりました。

 そして、今度は「される側」日本管打楽器コンクール。大学院時代に一度受けた以来の参加。二次の自由曲の為に、車が悲鳴あげそうな程の楽器を持って出陣。一次審査はカーテン審査、会場(音を出したことの無い場所)での音の聴こえ方にビックリしてしまい、不本意な演奏をして帰宅。参加者100人の中で、日本のオケに在籍しているのは僕だけ・・こりゃ大恥か・・と思いながら、恐る恐る結果を見に会場へ。懐かしい面々に会うも挨拶もろくにせず、通過を確認して、セッティングの打ち合わせへ(皆さんごめんなさい)。二次は朝一の演奏になった為、当日6時起き。会場でギリギリ時間までセッティングして本番。ドラは蹴れば(楽譜の指示です)枠に当たるわ、止め忘れた木のチャイムは床に落ちるわとハプニングはあったものの、本選へ。こっちでは一番年長者、最年少とは11歳も違う・・俺は高3の夏なにやってたかいな・・と思ってるうちに、運命の本選のくじ引きが。3番をひいて、ほっと一安心(前回は初っ端だったので)

 さて本選当日。本選前にはフェスティバルもあるとのことで、名古屋や大阪から来てくれている人もいる中、本選のみの会場で、拍手したりして音響チェックした後、楽器のセッティング、ピアノ合わせ。そして本番。

 演奏中、今までで一番落ち着いているつもり(散々やってきた曲だし、ピアノもよく聴こえていたので)、大きなミスもなく、やりきった~~、これで無理なら仕方ない~~と、気持ちよく楽器を片付け、結果発表を待っていたわけですが、結果は2位。。あれ??

 6年前は呆然としたあと、帰りの電車は悔し涙で大変でした。今回は、呆然ともせず、悔し涙も全く出ませんでしたが、気分は「あれ??なぜ??」というまま。

 帰ってから、本選を全部聴いていた大先輩から「1位の人との演奏の質の違いは、自己主張の問題。彼は楽譜に書いていない部分でしっかり歌ったのに対し、窪田君は生真面目或いは生真面目過ぎる程に正確さを追い求めた様に聴こえましたetc..」というメッセージを頂いたり、数日後に本選の自分の演奏を聴きなおして(全然落ち着いて演奏してませんでした(笑))納得しました。自分が演奏中に「いいんじゃない?」と思う演奏ほど、「あかん」結果でした。早く自分も人も納得する演奏がしたい・・

 数日後に表彰式があり(賞金はほぼ経費でチャラ)、大賞演奏会を聴き、審査員数人にも講評を頂いて(前回、ぶっちぎりの最低点を頂いたY女史に最高点をもらえたのが、参加した価値ありかなと思える事柄。まあ代わりに今回も最低点頂いた審査員いますが)そのまま夜行バスで傷心北陸の旅を終えて、昨日自宅に帰ってきました。

 「する側」「される側」両方で共通するのは、「楽譜に正確云々」ということですね、まあこれが今の僕の価値観なので・・ただ、とある先輩から「価値観はどんどん変わるから。それだけは覚えとけ。」と言われたのが忘れられません。それが成長かどうかはさておいて。

 あと、「オーケストラの演奏しながら、(コンクール出て)偉いね」と言ってくださる方、とても多く、非常に有難いことなんですが・・・残念ながら全く偉くない(と自分では思ってます)。これがコンクールの課題が

リサイタル2時間プログラム、3つ分

とかなら、「いやー、ぶっちゃけなかなか大変でしたぁ」と胸張って言えるんですが。オケに在籍しながらリサイタルやCDを出す人も多いご時世、1次から本選まで合わせても正味2時間切るプログラムなんで・・

 打楽器はピアノや弦楽器と違い、音楽大学に入ってからが、本当のスタートだ、と。なので、僕なんかまだ楽器やりだして、10年ちょい、5歳からヴァイオリンやってる子が中学3年になったレベルです、ので、コンクールにも出られる限り挑戦します~

 と、思ってました。つい最近まで。しかしどんどん低年齢化が進み、今回は最年長(笑)ちょっと考えました。若くはない、しかしそこまでキャリアもない。どこで勝負するのか。

 ただ、いつも思っているのは、人生は続いていき、終着点ではないということ。コンクールなり、演奏なり、人生なり?今日がダメでも明日がある!「過去は生ゴミだ」と師匠が言ってました(^^;)

 えらい、長文の雑感になったなあ・・寝よ。

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コメント

一般人から見れば、素晴らしい結果なので、「おめでとうございます!」と申し上げたいところだったのですが、目標の高い窪田先生は悔しい思いでいらっしゃるのかな、、、等々思っていました。それでコンクール雑感を興味深く読ませていただきました。私は、コンクールには出たことはないけれど、面接は何回か、「する側」「される側」になったことがあり、、僅差のところでは面接官の好みが左右することを思い出したり等々していました。

職業柄「する側」コメントはとっても参考になります。subito p のイヤラシさは、わかります、よくみかける合唱コンクールなどの作り笑顔もすごく嫌、真ん中で必要以上に動いている学校の先生はもっと嫌嫌Y(>_<、)Y。「安定感」のある演奏ってどんなことかな、、と考えています。

投稿: ながすぎ | 2011年9月19日 (月) 11時01分

>ながすぎ 先生

コメント有難うございます。作り笑顔(笑)そうなんです、ただ、それを、何をもって
「作り」というのか、その境界線が・・歌ったり、奏でたり、「演奏(play,performance)」しているときの「演(performance)」というものを、どう解釈してるのか、という個人の価値観というか・・オーガニックは勿論素晴らしいんですが、人口調味料が評価される場所もあるというか・・まあ、こんなことは考えてもどうしょうもないですが、指導するという立場の人は、考えてもらえればなあと思います。本当にいい「ピュア」なものを受け取る側が「ピュア」な状態で感じてほしいですもんね。

投稿: kuboken | 2011年9月21日 (水) 00時09分

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